日常生活の中で感じたこと考えたことなどを書いています。(不定期更新)
2006年2005年/2004年/2003年  建築・都市彷徨今週の一枚
○2004年11月24日(水)
好きな映画について語らせろ!
「好きな映画について語らせろ!」
先日、本屋で雑誌を見ていたら、そんな挑発的なタイトルが目に飛び込んできました。その雑誌には90人の著名人が、21世紀に遺すべき映画について語っています。どの作品も、各人の思い入れのつまった極私的なセレクトで、いろいろな楽しみ方のできる内容になっていました。雑誌を見ながら、僕だったらどんな映画を選ぶだろうかとしばし思案し、以下5本の映画をセレクトしてみました。というわけで独断と偏見で選ぶマイベストムービーです。

「ふたりのベロニカ」 監督:クシシュトフ・キエシロフスキ
もし世界に自分とうりふたつのもうひとりの自分が存在するとしたら。この映画は、そんなもうひとりの自分に、街中で偶然出会ってしまった女性の物語です。夢とも現実ともつかない寓話性を帯びた繊細で美しい映像は、人間存在の不思議さを教えてくれます。映画の舞台となったクラクフ(ポーランドの古都)は一度は訪れてみたい美しい街です。

「霧の中の風景」 
監督:テオ・アンゲロプロス
いるかいないかも分からない父親を探して、幼い姉と弟がギリシアからドイツへと旅をします。旅の途中で出会う人々や風景は、決して二人をやさしく受け入れてくれるわけではありません。意味も分からず立ちすくむ二人を、我々はただそっと見つめ続けます。旅の終わり、辺り一面を真っ白に覆う霧の中から、一本の巨木が現れます。それは息を呑むような幻想的で美しいラストシーンです。

「恋恋風塵」
 監督:ホウ・シャオ・シェン
幼なじみの少年と少女が、共に成長し別れるまでを描いた、しみじみと心にしみる切ない恋物語です。ドラマチックな展開があるわけではありません。淡々と描かれる日常生活の中の何気ない瞬間に、誰もが経験したであろう青春の淡い思い出が蘇ります。映画の終わり、失意の中で少年は都会を離れ故郷に戻ります。故郷の人々や街はそんな彼を何事もなかったかのように迎え入れてくれます。戻る場所があることの幸せを実感する瞬間です。

「ナイト・オン・ザ・プラネット」
 監督:ジム・ジャームッシュ
五つの都市を舞台に、タクシーの中で繰り広げられる運転手と客とのやりとりを描いたオムニバス映画。ロサンゼルス、ニューヨーク、パリ、ローマ、ヘルシンキ、それぞれの都市でそれぞれの人生が、タクシーという密室空間の中で束の間交錯します。登場人物の個性的なキャラクターと小気味良いテンポにひとしきり笑ったあとで、優しく温かい気持ちになる。そんな愛しい五つの物語です。エンドロールで流れるトム・ウェイツの音楽がいっそうの哀歓を誘います。

「ファーゴ」
 監督:ジョエル・コーエン
アメリカ中北部ノース・ダコダ州のファーゴを舞台に、たった一つの嘘が取り返しのつかない悲劇的な結末を迎えるまでの顛末を描いています。深い雪に閉ざされた真っ白な世界の中で、少しずつ歯車を狂わせていく人々。地方都市のかかえる閉塞感が、問題の闇をいっそう深めていきます。じわじわと狂気がまとわりつき、身動きができなくなる恐怖感はコーエン兄弟の真骨頂です。

どの作品も学生の頃に観た映画ばかりですが、美しい風景ときれいな映像がとても印象に残っています。この他にもウディ・アレンやアキ・カウリスマキ、スタンリー・キューブリックなど好きな映画監督の作品を挙げていくときりがありません。またいつかパート2をやりたいと思います。
 
 
   
   
   
   
 
○2004年10月25日(月)
この列島に住む限り地震と共存していかなければなりません
週末の夕方、新潟県中越地方を震度6強の地震が襲い、各地に甚大な被害をもたらしました。地震から一夜明け、テレビに映し出される映像から、被害の様子が次々と明らかとなっています。山間部では各所で地すべりや崖崩れによって赤茶けた大地があらわとなり、道路は陥没し、倒壊した建物も見受けられます。数多くの方が避難所での生活を余儀なくされており、被災地のインフラの復旧と被災された方々へのケアが早急に望まれます。
今回の地震では、瞬間的な揺れの強さを表す最大加速度は1500ガルと、同じく直下型の地震であった阪神大震災の818ガルを大きく上回っていたと言われています。地球の重力1G=980ガルであることを考えると、今回の地震では一瞬であっても、地上にいながらにして無重力状態が発生していたということになります。想像しただけでも恐ろしいことです。
数多くの活断層が走る日本列島では、いつどこで大きな地震が起きても不思議ではありません。この列島に住む限り、地震と共存していかなければならないのです。我々はその発生を防ぐことが不可能であっても、被害を最小限に抑えることはできます。早急に望まれるのは、住まいの耐震補強化です。地震による被害は、建物の倒壊による圧死がその8割を占めると言われています。にもかかわらず、全国の住宅の約3割、約1300万戸はその耐震性が不足しているというデータがあります。特に昭和56年の建築基準法が改正される前に建てられた木造住宅は、早急な耐震診断が必要だといわれています。各自治体では補助金等による耐震診断の補助事業を行っていますが、実際に利用した人は少ないのが現状です。自分の家は大丈夫だろうという根拠のない思い込みや、耐震補強のコストや手間を考えると二の足を踏む人が少なくありません。しかし安心して生活するためには、自身の住まいの耐震性を把握し、必要に応じた耐震補強をすることが今まで以上に求められます。
今年は地震だけでなく、数多くの台風が日本列島を直撃し、各地で大きな被害をもたらしました。大きな自然災害が発生するたびに、我々人間の無力さを痛感します。我々にできることは自然災害は起こるものだという前提に立った対応を、常日頃から心掛けるしかありません。

木造住宅耐震診断補助事業(岐阜市)
わが家の健康診断(岐阜県)
耐震チェックプログラム(日本建築防災協会)
耐震改修工法・事例(日本建築防災協会)
 
○2004年9月24日(金)
プロ野球の再編問題で感じる違和感について
プロ野球が再編問題で揺れています。様々なメディアで連日報道されている、選手会と球団経営者側とのやり取りを見ていると、素人目に見ても少なからぬ違和感をおぼえてしまいます。その違和感の正体が何なのか思いつくままに挙げてみると、
 ・球団経営もうまくできない人達が何故あれほど強気の態度を取るのか。
 ・そんな人達に日本のプロ野球の将来を決める重要な話し合いができるのか。
 ・そもそも球団経営者は野球に興味がないのではないか。
 ・新規参入を拒むほどにプロ野球ビジネスの既得権益はおいしいものなのか。
 ・選手やファン(お客さん)を大切にしないと親会社の企業イメージが悪くなるのではないか。
 ・困難な状況にこそ現状を打破し、変革を強引に進めるリーダーが必要なのではないか。

いずれにしても根本的な問題は、経営者側の創造力や危機感の欠如にあるのだと思います。
少し話は変わりますが、大学生の頃に友人に誘われて、等々力サッカー場まで日本リーグの読売クラブの試合を見に行ったことがあります。サッカー好きの友人は、来年からJリーグというプロリーグが始まるんだということを熱く語っていましたが、ガラガラのスタンドを見ながら、本当にこんな状態で大丈夫なのかと半信半疑でした。それが今ではすっかり文化として定着するまでになっています。ここに至るまでには様々な紆余曲折があったと思いますが、その出発点には全てのサッカー関係者の危機感の共有と改革への強い意志があったのだと思います。
プロ野球は今とても大事な転換点に立っています。選手や経営者はそのことを自覚して、野球ファンが心から楽しめる真のプロ野球改革をしてもらいたいものです。
 
○2004年9月3日(金)
温泉文化を遠い異国の地で共有できたことが何よりもうれしい経験でした
このところ温泉をめぐる問題が、テレビや新聞紙上をにぎわしています。入浴剤の使用から始まって、芋づる式にあちこちの温泉地での偽装表示が明らかとなりました。個人的には、利用客を騙したことについての温泉側の非は明らかですが、そもそも温泉の楽しみはその非日常空間を体験することにあって、温泉の真偽はさほど重要ではないような気がしないでもありません。
温泉といえば、以前ハンガリーの首都ブダペストを訪れたときのことが思い出されます。ブダペストには東欧のガウディと呼ばれる建築家レヒネル・エデンの建築作品を見るために訪れました。エデンは19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍したハンガリーの建築家で、土着の造形をモチーフとした装飾やうねるような独特な曲線を多用し、見るものに強烈な印象を残す魅惑的な建築を数多く生み出しています。ブダペストでは現存する彼の主要な作品を、地図を片手に一つずつ探し歩きました。
そんなブダペストでのもう一つの楽しみが温泉です。ハンガリーは世界でも有数な温泉国で、ブダペスト市内にはいくつかの公衆浴場(温泉)があり、地元の人々の社交場として利用されています。宿泊したホテル・ゲッレールトの豪華な大浴場の温泉も良かったのですが、500年前からあるという由緒あるルダシュ温泉にも行ってみました。
ハンガリーでの入浴方法は日本の銭湯と殆ど変わりません。まず受付でお金を払い脱衣場に向かいます。脱衣所の入口でフンドシみたいなものを手渡され、空いているロッカーに案内されます。ロッカーで服を脱ぎ、先程渡されたフンドシを腰に巻きつけシャワーを浴びてから入浴します。
洞窟の中に迷い込んだかのような薄暗い浴場には、中央に大きな円形の浴槽があり、その周りを25度から40度まで温度別に設けられた小さな浴槽が取り囲んでいます。ドーム天井の小さな採光窓から、薄暗い浴場にいく筋もの光が差し込む様子は、まるで教会やモスクのように幻想的で厳かな印象です。湯船につかりながらそんな光景を見ていると、長旅の疲れも忘れ、すっかり身も心もリラックスすることができました。地元の人も気さくに話しかけてくる人が多く、言葉は通じないものの、身振り手振りとカタコトの英語を使いながら楽しい時間を過ごすことができました。日本を遠く離れた異国の地で温泉文化を共有できたことが何よりもうれしい経験でした。
あとから人づてに聞いたところでは、こうした公衆浴場はゲイが集まってくることが多く、特に浴槽中央で周りをきょろきょろ見ていると、男性を誘っている合図と間違われるので絶対にやってはいけないとのこと。そういえば、話しかけてくる地元の人々は、妙に肌を密着させていたような気がしないでもありませんでした。
 
 
 
BUDAPEST  12/2001
   
○2004年8月9日(月)
まちづくりやまちのブランドイメージ創出に有効なカードを自ら捨ててしまうようなものです

岐阜市内を走る路面電車が廃線となることが正式に決まりました。環境や人に優しい交通手段として最近になって見直されつつある路面電車を、あえて廃止する決断をしたことに何だか複雑な思いがします。
廃線という結果について、おそらくほとんどの市民の反応は「やむを得ない」というものなのではないでしょうか。路線沿線の住民でなければ、日常的に使うことは殆どなく、反対に交通渋滞を引き起こし車の通行の妨げとなる危ない乗り物と感じる人は多いことでしょう。
路面電車はうまく活用すれば、市民の身近な足として地域の利便性の向上や、中心市街地の活性化に役立てることができます。また日本に残る数少ない路面電車の希少価値を、観光資源として有効に活用できれば、路面電車のもつレトロでノスタルジックな印象も街のイメージアップに役立てることができます。
しかし現在の路面電車のおかれた状況を見ると、残念ながら積極的に残すだけのメリットを見出すことは難しいと言わざるを得ません。車の往来の激しい車道に、安全島もなくただ白線で囲われペイントされただけの乗降場は、誰の目から見ても安全で安心して乗れるようなものではありません。また慢性的な赤字を解消するためには、乗客数の増加が至上命題ですが、現存するルートで乗客数を伸ばすにも限界があり、かといって新規ルートを新設するにも交通インフラの抜本的な見直しに膨大な時間とコストがかかります。
行政は住民との対話を通じて存続・廃止の方向性を探ると言っていたものの、始めから廃線という結果は見えていたようにも思います。「苦渋の決断」とはいうものの冷静に考えれば極めて現実的な判断と言えますが、まちづくりやまちのブランドイメージ創出に有効なカードを自ら捨ててしまうようなものだという思いは残ります。
個人的には80年代後半に廃線となった、旧長良線(JR岐阜駅-柳ヶ瀬-市役所-岐阜公園-長良川河畔を結んでいた主要ルート)のような、駅前や繁華街、観光地を結ぶルートが再びできれば、気軽に乗れて分かり易い交通手段として便利だろうなと思います。路面電車に乗って長良川の鵜飼見物に向かうというのも情緒があっていいと思うのですがいかがでしょう。

 
○2004年7月14日(水)
バルセロナチェアに身を委ねて本を読むこと以上に贅沢な休日の過ごし方はありません
梅雨を素通りしていつの間にか夏本番といった蒸し暑い日が続いています。
先日、久し振りに何の予定もない休日を過ごすことになりました。昔は無理矢理にでも予定を入れたりしていましたが、最近では予定のない休日は、積極的に何もしないことに決めました。そんな時は静かな場所でゆっくりとするに限ります。最近のお気に入りの場所は、家の近くにある美術館の待合スペースです。美術館のロビー空間の脇にあるこの場所は、いつでも閑散としており、まさに自分だけのとっておきの場所といえます。20年前に建てられた美術館は、うっそうと生い茂る公園の森の中に静かに佇み、独特の雰囲気をかもし出しています。道路を挟んだ向かいにある図書館もいいのですが、ここはいつ行っても込み合っているので、ゆっくりとすることができません。そんな時は図書館で本を借りて、隣の美術館に向かいます。
美術館は外の喧騒がうそのようにひっそりとしており、人の気配も殆どありません。そんな場所でゆっくりと本を読むことは、何ともいえない心地よい時間です。それともう一つ、そんな心地よい時間を演出する大切なアイテムにソファ(バルセロナチェア)があります。バルセロナチェアとは近代建築の巨匠ミース・ファン・デル・ローエが、1929年バルセロナでの万国博覧会において、ドイツパヴィリオンと共にデザインした椅子です。無駄なものが一切ない、極限の美しさを体現したシンプルなつくりで、クロームメッキの脚部の曲線がとても美しい20世紀を代表する傑作です。それがこの待合スペースにはずらーっと並んでいるのです。これほど沢山並べられたバルセロナチェアは他でもあまり見かけたことはありません。いたるところの革が擦り切れ、かなりくたびれていますが、静かな環境の中で、バルセロナチェアに身を委ねて本を読むこと以上に、贅沢な休日の過ごし方はないような気がします。
美術館というとどうしても身構えてしまいがちですが、もっと気軽に立ち寄れる場所になればいいのにと思うことがあります。海外の美術館に行くと、魅力的なミュージアムショップやブックショップ、カフェなどが併設され、多くの人々が展示品を鑑賞する本来の目的以外でも気軽に立ち寄り、思い思いの時間を過ごしています。もう少し努力をすれば居心地の良い場所がもっと増え、より多くの人が日常的に訪れるようになるようにといつも思います。
ただあまり人が多く訪れるようになると、自分だけのとっておきの場所ではなくなることが難しいところです。
 
   
○2004年5月9日(日)
画家のアトリエは想像の源泉であり画家の心のうちそのものです
GW最終日、柳ヶ瀬の映画館に「真珠の耳飾りの少女」を見てきました。この映画は、17世紀オランダの画家フェルメールの同名の作品を題材にしたもので、絵画の背後に秘められたドラマを切ないラブストーリーとして映像化しています。フェルメールは市井の人々の何気ない日常生活の断片を、鮮やかに描き出した画家です。絵画の中で展開されるささやかなドラマは、柔らかな光に照らし出され、見るものの想像力を刺激します。我々は美術館で一枚の絵画を目の前にした時、そこに描かれた物や人物からその絵画に隠された物語を自由に想像することができます。それは絵画を見る楽しみの一つでもあり、作品が謎に包まれていればいるほどに強く惹きつけられます。この映画はそんなフェルメールの謎に対するひとつの仮説です。
この映画の見所はフェルメールの絵画の雰囲気が小物から衣装、建物のディテールに至るまで見事に再現されているところにあります。アトリエのハイサイドライトから差し込む柔らかな光は、フェルメール独特な光の質感を表現し、映画のワンシーンはそのままフェルメールの絵画に通じています。
なかでも最も印象に残ったのは画家のアトリエです。絵画から受ける対象へのあたたかなまなざしとは裏腹に、フェルメールのアトリエはぴんと張り詰めた緊張感に満ち溢れていました。大家族の騒々しくあわただしい生活空間と、緊張感のあるアトリエ空間とのコントラストが、それをいっそう際立たせていました。画家のアトリエは想像の源泉であり画家の心のうちそのものです。そこは本当に心を許しあえた者でしか踏み込むことの出来ない聖域なのです。アトリエへの扉は画家の心の扉を象徴しているようでした。
僕が始めてフェルメールの絵画に出合ったのは、アムステルダムの国立美術館です。フェルメールの絵画はまるで映画のワンシーンのように永続する時間を内包し、しばしの間物語の世界に浸ることができました。それはまさしく映画のような絵画でした。
 
 
 
AMSTERDAM  01/2002
   
○2004年4月4日(日)
ゴミを減らす努力をすることから始めるしかありません
先日、岐阜市内の山林で大量の産業廃棄物の不法投棄事件が明らかになりました。その規模は推定でも50万立米にものぼり、日本最大規模の不法投棄事件として、地元の新聞やテレビでも連日大きく取り上げられています。自分の住むまちで、これ程までの不法投棄が行われていたことにショックを覚えると同時に、建設業界に関わる者として問題の深刻さを実感しています。
2002年に施行された「建設リサイクル法」によって、建設廃材は細かく分別をし再資源化することが義務付けられました。また廃棄物処理法の規制強化によって、建物の解体処分にかかる費用は年々高騰し続けています。規制を強化すればするほど不正業者が暗躍し、問題は隠されて見えにくくなり、事態は深刻化しているといえます。
我々の身の回りにある全てのものは、何年もすればいずれはゴミとなります。生活が豊かで便利になるほど、ゴミが増え続けていくのは、大量消費社会の宿命でもあります。ものづくりに携わる人間は、自分たちが作り出すものが、いずれ捨てられゴミになるという自覚を忘れてはいけません。そのためにはものづくりの現場において、環境に負荷のかからない積極的な取り組みが、今まで以上に必要になるでしょう。それは自然素材やリサイクル素材を積極的に活用した、丈夫で長く住み続けられる住まいをつくることでもあります。最近は積極的にそうした住まいを求める人々も増えています。今後はものを「捨てる」時よりも「つくる」段階において、何らかの優遇措置(補助金等)を積極的に考える必要があるのではないでしょうか。
不法投棄の現場となった山林の現状回復には、膨大な時間と費用がかかると言われています。行政は事件を未然に防ぐことの出来なかった対応の遅れを自覚して、ゴミ問題に先進的に取り組んでもらいたいものです。我々は日々の生活で、少しでもゴミを減らす努力をすることから始めるしかありません。
 
○2004年2月15日(日)
デジタルとアナログの間で
最近ようやく人並みにCADが使えるようになりました。これまでは手書きでしか図面を描いたことがなかったので、CADを使うことにかなり抵抗があったのですが、さすがにこれから仕事をしていく上で避けては通れないと思い、一発奮起して使い始めたわけです。CADを使い始めてみると、作図にかかる時間が短くなり、作業効率は格段に上がりました。とはいうものの、どうしても図面を描いているという実感がわかないため、ディテールなどの詳細図はいまだに手書きで描いています。CADで描かれる図面が、均質で平板な印象になってしまうのは仕方がないとしても、その軽さはどれだけCADに習熟しようともどうもしっくりときません。僕の中では、図面は製図板の前にへばりついて、悶々としながら描くものだというイメージからどうしても抜け切れないのです。
以前勤めていた設計事務所では、図面は全て手書きで描いていました。図面を描いていると、いつも事務所のあちこちで「シャーシャー」という、ホールダーの芯を削る音がしていたことを思い出します。そこでは一本の線の重みを、いやという程に叩き込まれました。簡単に線を引いては叱られ、何度も何度も描いては消しての繰り返しで、図面がボロボロになるまで描き続けていました。そのせいか今でも一本の線を引く時の緊張感というか心構えが体に染み付いています。
建築の現場では数多くの職人さんと関わり合います。そこでは図面がコミュニケーションをとる上で大切な言葉になり、そこに設計者の意図が最大限表現されていなければなりません。 手書きの図面では、たとえ一本の線と言えどもその太さや強弱を使い分けることで、設計者の思いを伝えることができます。そう考えると、 線を引く時に自問自答しながら逡巡する時間は、一見無駄なようでいて実は一番大切な時間なのだともいえます。きっとそんな一本一本の線の積み重ねから、人を感動させるような建築は生み出されるのでしょう。
遅々として進まない図面を描きながら、そんなことを自分に言い聞かせていました。
 
○2004年1月31日(土)
お勧めの床屋があれば教えて下さい
昨年、物心ついた頃から通っていた近所の床屋が閉店してしまいました。老夫婦が二人でやっている小さなお店でしたが、祖父が建てたお店だったこともあって、小さい頃には一緒に連れられてよく通っていました。
しばらくは髪を伸ばしていたものの、いい加減むさ苦しくなってきたので、新しい床屋を探すことにしました。新しく見つけた床屋は速さと安さを売りにするお店で、明るく広い店内には多くの椅子が並べられ、元気のいい店員がてきぱきと仕事をこなしています。常日頃床屋のカット代は高すぎるのではないかと思っていた僕は、我が意を得たりと思い案内された椅子に腰を下ろしました。カット、シャンプー、髭剃り、セットそれぞれ担当する専門の店員がおり、彼らが入れ替わり立ち代わりやってきては手際よく作業をしていきます。一連の作業はスピーディーで無駄がなく、それぞれの店員が与えられた仕事を効率良くこなしています。始めはそんな一連の流れを感心しながら見ていたものの、何だかちょっと違うのではないかという思いが次第に大きくなってきました。というのも、彼らは一人一人のお客に対面してはいるものの、いかに効率よくお客をさばくかに集中しているのが、何となく分かってしまったのです。どうやら彼らの関心事は、次から次へとやって来るお客の流れを滞らせないことにあるようなのです。ベルトコンベアのように、一人でも作業が滞ると全体がうまく機能しなくなってしまうので、当然といえば当然なのですが、そんな様子を冷静に見てしまうと、安価なカット代に見合うだけの効率化は仕方がないとしても、そのために大切な何かを忘れてしまっているような気がしてなりませんでした。床屋の基本は、お客との対面コミュニケーションであって、いかにリラックスした居心地のいい時間を過ごしてもらうかが全てのような気がします。高い値段はそのことに対する対価なのだと、30分もかからずにあっという間に仕上がった髪を見ながら深く納得しました。
その後店の前を通るたびに、気になって店内の様子を覗いているのですが、予想に反していつも多くのお客で繁盛しています。「早く安く」というのは、ある一定のお客のニーズを捉えているのは確かなようです。というわけで最近の関心事はお気に入りの床屋探しです。どなたかお勧めの床屋があれば教えて下さい。

 
○2004年1月10日(土)
ジャッキー・チェンの映画を見ながらモロッコの雑踏を思い出していました
新年が明けて10日が過ぎようとしていますが、なかなか仕事のペースが上がらない今日この頃です。年末に何気なくテレビを見ていたら、NHKの衛星放送でジャッキー・チェンの映画特集をやっていました。小学生の頃に夢中になって見ていたこともあって、懐かしさのあまり思わず映画に見入ってしまいました。映画の中で大活躍するジャッキー・チェンの姿を見ていると、以前旅したモロッコの雑踏の記憶が蘇ってきました。
モロッコへはスペインの港町アルヘシラスからフェリーで入国しました。フェリー乗り場で出港を待っていると、モロッコから帰ってきたばかりの日本人のバックパッカーがいたので、いろいろと話を聞くことができました。安宿やレストラン、まちの治安など一通り教えてもらった中で、彼が一番注意をしたほうがいいと教えてくれたのは、悪質な物売りやガイドのことでした。旅行者と見るや、こうした人々が執拗に群がってきます。その強引さは想像を絶するものがあり、それを振り払う最善の方法がジャッキー・チェンというのです。というのもジャッキー・チェンのようなカンフーのポーズを取ると、みんな一目散に逃げていくというのです。半信半疑のままモロッコのタンジェに足を踏み入れると、案の定多くの人が群がってきました。その強引で執拗な勧誘は、想像をはるかに超えて本当にすさまじいものでした。ほとほと疲れ果てた僕は、半ばやけになってカンフー(カンフーというよりも空手)のポーズを取りました。すると周りにいた人は一瞬たじろいだものの、一斉に歓声が沸き起こり、さらに多くの人々がよってくるではありませんか。おいおい話が違うぞと思いながらも握手をしたり、調子に乗ってサインなどもしてしまいました。その後行く先々で東洋人と知ると、みんな必ず「ジャッキー・チェン」といいながらニコニコと近寄ってきます。どうしてこれ程までに、ジャッキー・チェンがモロッコの人々の間で広く知れ渡っているのか全く謎なのですが、摩訶不思議なポーズ(カンフーのつもり)を見せつけるモロッコの人々を見ていると、昔の僕を見ているようで妙に納得してしまいました。ジャッキー・チェンの映画は勧善懲悪の分かり易いストーリーと独特なオーバーアクションが特徴です。モロッコの人たちも昔の僕と同じように、目を輝かせながら夢中になってそんな映画を見ているのだと思います。
モロッコから再びフェリーで出国した時、フェリー乗り場で不安気に佇むバックパッカーに、困った時はジャッキー・チェンだと教えてあげたのは言うまでもありません。それにしてもモロッコではいまだに東洋人を見るたびに「ジャッキー・チェン」と声を掛け、僕と同じような青年がジャッキーの真似をしていたりするのでしょうか。とても気になります。
 
 
 
MARRAKECH  03/1997
 
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